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EDIT LIFE TOKYOでは毎月2回、写真家、高橋恭司の写真私塾「E’cole de Takahashi」を開講しています。

2月30日(土)に開催される「写真術勉強会」の募集を開始しました。
次回のテーマは「抽象/写真」です。

高橋恭司私塾『E’cole de Takahashi』
写真術勉強会Vol.05:「抽象/写真」
日程:2016年2月20日(土)OPEN 14:30/勉強会 15:00〜17:30/CLOSE 18:00
参加費:¥3,000(当日お支払いください)
定員:15名 *どなたでもご参加いただけます。下記Peatixよりお申し込みください。
会場:EDIT LIFE TOKYO(東京都渋谷区神宮前2-27-6 TEL:03-5413-3841)

*参加費は当日お支払いをお願い致します。

*次回のスケジュールは確定次第、Facebook、instagramでお知らせ致します。

募集開始にあたって、前回の講義「コルビュジエ、ウィトゲンシュタイン〜建築の写真〜」について振り返ります。

勉強会にあたって用意された図版は2つの私邸建築。
近代建築を牽引した建築家ル・コルビュジェが母のために建てた「小さな家」と、オーストリア生まれの哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインが姉のために建てた「ストンボロウ邸」の写真です。また、ドイツの思想家ヴァルター・ベンヤミン、デンマークの哲学者セーレン・キェルケゴール、フランスの詩人アントナン・アルトーのテキストが紹介されました。モダニズムとは何か?というテーマで議論は始まり、「小さな家」の、屋上から望むレマン湖、草むらにある排水孔、開口部が並ぶ壁、「ストンボロウ邸」の金属扉、把手、錠、蝶番、スイッチなどの写真とともに話は進みました。近代建築の5原則の基となったとされる構造や、哲学の終焉を唱えた哲学者によるミニマムなデザイン建築とともに、高橋は、両者に共通する「白い壁」にも興味を引かれているようでした。森を侵略したことから人間中心主義の歴史が始まり、その延長としての世界戦争の到来。進歩主義を掲げる大衆的社会構造が飽和した後に、ポストモダニズムはどこに向かうのか。注意深く話は進められました。
正当性のある例外が世界と繋がることを言及したキェルケゴールの言葉と、骨をあらわにすることは肉を失う恐れを伴うと唱えたアールトの言葉とともに、勉強会は閉幕。思想と思考の旅は、まだまだ続きます。

写真私塾「E’cole de Takahashi」の講義内容は、写真を読み解くための「写真術勉強会」と、写真を撮るワークショップ「ロードムーヴィ」の2講座。「写真術勉強会」は毎回テーマを掲げて、高橋恭司がどのように写真と向き合っているのかを知ることで、写真をより深く読み解くための技術を学びます。

【E’cole de Takahashi】
写真を読み解く「写真術勉強会」

もし誰かがこう考えたとしよう、自分にとって写真が世界の中心で、写真のために人間が何ができるのかと。(それはまったくバカげたことなのだろうか?)

 

よく考えてみると写真が「世界の中心」ではまったくないし、「人間」というのが私やあなたではない。 けれど、しかし、だからといって、写真のために自分は動きだしたいと想ってしまう。

 

自分のこのような欲望を、まず異常だとしてもよいのだが、それだからといって、何だということでもない。 いったい自分以外のことを「何とかしたい」と関わることは、とくに不思議なことではない。

 

視点を変えると、そのように撮られた写真(あるいは、どのようにであれ撮られた写真)に、私やあなたは何を見るのであろうか。

 

私たちの目の前にぽっかり空いた窓のように、突然写真があるのだとしたら。私たちはその異物に対して「見る力」をつけなければなと思う。逆転した人間の発した暗号を今や解読する時がきた。「写真に捕らわれて撮る者」「空中に浮いた窓」その「暗号を受けとる者」という3つの事が考えられる。そのトライアングルに自分の身体を入れてみよう。そこには何かが開かれているのではないか?

 

—高橋恭司—

では、2月20日の講義にてお会いしましょう。

高橋恭司(たかはし・きょうじ)

55才、中年、長髪、白髪あり、ひげも。

革命に乗りおくれた最後のパンクス写真家。

池袋住在。

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